常不軽菩薩
出会う人すべてを軽く見ることはなく、尊敬し、その人の幸福を祈る菩薩様。
こういう想像物を創れる仏教恐るべしだと思います。
私のライフビルデイングのゴールも常不軽菩薩におきたいと思っています。
人生においてもビジネスにおいても、すべての人を敬える余裕とやさしさは大切です。
「嫌な人だな~」と思う気持ちも、自分が作り出した妄想。
良い悪いの相対を捨て去れば、好き嫌いの感情も沸いてきません。
うんこにはうんこの存在理由があり大切な役割をもっているのは当然です。
そこをきれい汚いの相対で判断するのが、成功への障害になります。
筋トレやらない人も、太った人も、良いも悪いもなく、その人たちの幸福を祈りたいものです。
そうはいっても、自分と敵対する人の幸福を祈るのは簡単ではないと感じます。
そこで考えたのが、そもそも、幸福も不幸も自分が作り出した妄想。
他人の幸福を祈る気持ちも傲慢で、好きも嫌いもなく、その人を受け入れることをゴールにすれば楽になります。
殺人者も、世の中の摂理で、誰かが、その役目を受け入れなければいけないもの。
ウダウダ言う人も、ウダウダ言うことは得にはならないのに、そうするのは、そういう役割を全うしてるだけ。
筋トレっていうのは、自分を成長させるために行うもの。
そのゴールの方向性を間違わないことは、きわめて大事です。
カラダを自慢したり、太った人を見下げたりするようになれば、不幸な人の役割を演じることになるだけです。
常不軽菩薩。
すべての人の中には、仏様がいるという発想を忘れずに生活したいものです。